斉藤隆司と申します。年齢は今年で40歳になります。
(紫外線を避けて生きてきたので、実年齢より若く見られることが多いです。)
妻と娘(幼稚園)の3人で暮らしています。
私は現在、法人2社の代表に就任しています。
また、2017年の夏に仲間と立ち上げた社団法人の理事に就任しています。
本業の仕事内容は、基本的に中小企業のコンサルティングです。財務コンサル、資金調達等がメインです。それ以外に、副業的にネット集客のコンサルをしています。
3社の仕事に関与しているので、時間に追われて仕事しているように思えるかもしれませんが、そのような事は全くありません。
自由気ままに、仕事したい気分の時に仕事して、それ以外の時間は家族と一緒に楽しんでいます。
日々、自由な時間を過ごせるので、いつも娘と一緒にいます。
時間が自由に使えるので、いつも娘のそばにいてあげることができます。
私の娘は幼稚園に通っていますが、私は入園から今まで、幼稚園の行事にほぼ全て参加してきました。
「ほぼ」というのは、遠足はさすがに父母どちらか1名しか参加できないので、そこは諦めましたが、それ以外の行事は今のところ無欠勤です(笑)
遠足以外は必ず顔を出しているので、娘の友達全員に顔を覚えられているぐらいです。
最近の悩みは娘に「パパ、お仕事行って」と言われる事です。娘の友達にも「毎日バスのお迎えに来てるけど、仕事してるの?」と聞かれる始末です(汗)
とまあ、今でこそ、自分のビジネスがあるのでお金と時間に余裕のある暮らししていますが、自由を手にするまで、私も相当苦労してました。
自由になる前の私は、会計事務所系列の経営コンサルタント会社で仕事していました。
「経営コンサルタント会社勤務」という部分だけ見ると、そこそこ良い給料を
貰えるんだろうな~。といった感じに思えるかもしれませんが、所詮雇われなですから、そこまで良い給料は貰えません。
大手や外資系コンサル会社であれば、待遇は良いと思いますが、小さな会計事務所の税金対策の会社的な立ち位置の会社だったので、待遇は良くないです。
(というか悪い)
待遇は良くないのですが、私がある程度頑張っていたのは、
- 仕事を頑張って覚えて独立しようと思っていた。
- ハードな仕事をしないとお金は入ってこないと思っていた
- 出世しないと幸せになれないと思ってた。
なので、待遇面に多少不満があっても、猛烈に、仕事をしてました。
クライアントへ提出する提案書の作成が間に合わないときは、事務所で寝泊まりする事も良くありましたし、ゴハンは、仕事しながらが当たり前。
尊敬できない上司の言いなりとなり、辞めたいと言い出す部下を説得する毎日。
こんな日々を送ると、ストレスが溜まっちゃうから、金曜・土曜の夜は、ひたすら飲み歩き、日曜は泥のように眠る。
こんな生活を続けているうちに、「こんなんやってられるか!」となり、こんな事、これから何年も続けてられないと思い、後先考えず、辞表をたたきつけてやりました。
こうして、私は独立の道を歩むことになりました。
集客スキルが無いのに独立したところで、稼ぐ手立ては等全くない。
後先考えずに会社を辞めたはいいが、また、就職したところで同じようなストレスが溜まるのは目に見えていたので、
私は「独立したコンサルタントになろう」と決め、顧客開拓しようと思いました。営業のやり方や仕事のやり方はコンサルタント会社で覚えていたので、「なんとかなる」と気楽に考えていました。
ただ、冷静に考えてみると、「そもそも、私の事を全く知らない人相手に、どうやって仕事を取ればよいのか…」という大きな壁にぶつかりました。
努めていた会社の場合、税務顧問の客先に対して所長の税理士が
「会社をさらに良くするために、御社にはこのようなサービスが最適です」といった感じでクライアントに提案し、その仕事が回ってくるという感じだったので、基本的に「仕事は黙っていれば勝手に落ちてくる」という状況でしたので、自分で顧客を開拓するという事は一切ありませんでした。
そんな私が一から集客をしなければならない羽目となり(会社を辞めたのだから当然ですが。)、ここで大きくつまずくことになったのです。
1カ月経っても売上は立たず、
2カ月経っても売上はゼロ。
FAXDMやDM、経営者向けの冊子への広告掲載、電話営業等々、いろいろと試しましたが、全く、仕事が取れませんでした。
売上がゼロという事は、無収入の状態が続くわけですから、日々、口座からお金が出ていくだけ。
これって、ものすごくストレスになるんですよね。
最初の1~2カ月はまだ良い方ですが、3カ月、半年も無収入状態が続くと、精神的にめちゃくちゃ焦るようになります。
「このままだとヤバい!」
「どうにか金を作らないと!」
この頃には、四六時中、頭の中は金を作る事しか考えないようになりました。
ネットで「稼ぐ方法」「儲ける方法」と検索しているうちに、デイトレードが手早く稼げるという情報が目に入り、とにかく、金を作りたいという一心で、
デイトレにチャレンジしてみました。
結果は、まあ、惨敗です(笑)
結果的に惨敗しましたが、最初は良かったんですよ。最初は(笑)
最初の一か月ぐらいは、毎日数万円づつ勝てたので、調子に乗った私は「勝ち癖が付いてきたから、取引額を上げて勝負しよう」となったのですが、これが運の尽き。
全く勝てなくなりました(笑)もう、ボロボロ、ぼろ雑巾という言葉がぴったりです。
貯金を全額溶かしてしまったので、いよいよ文無しとなってしまったのです。
収入のあてもなく、日々の生活費も無いため、クレジットカードを現金化し、食つなぐ日々。日々、無駄に時間が過ぎ、憔悴する毎日。この頃、私の頭の中には「破産して一からやり直すしかない…。」という考えが毎日浮かんできました。
でも、「大見えをきって独立したのに、ろくに稼げやしない」という後ろめたさもあり、破産する事もできませんでした。
この当時、妻の実家に住んでいたので、(妻の親が会社をやっていたので、
会社を辞めた時に転がり込みました。「手伝って欲しい」と言われたものあります)住むところと食べることには困りませんでしたが、それでも、やはり居心地は最高に悪かったです。
タダ飯を食べさせてもらっているというバツの悪さもあり、日中は妻の実家の手伝いをして、手伝いが終わったら、独立コンサルの顧客開拓をする。という日々を過ごすようになりました。
そんな日々を過ごしているうちに、妻にこう言われました。
「ダメだったら破産すれば良いだけだし、家にいる間は食べるのと住むのには困らないから、気の済むまでやってみれば?」
妻からしたら、良かれと思っていったのでしょうが、
こんな気の使われ方をして、「このままではダメだ。」となり、とにかく生き残るための行動を開始!
30歳の再始動です。
かくして、私は独立する事になりました。
仕事が無さ過ぎて笑える日々
コンサルタントとして独立したは良いが、どうやったらクライアントを獲得したらよいのか?という事が全く分からなかったので
FAXDM、無料相談、商工会の広告など色々と試してみましたが、まったく反応がありませんでした。
そもそも、コンサル業というのは売り込むようなものでは無いと思っていたので、当時の私は必死に方法を探しました。
そこで、ブログを書くと集客につながる。という記事をネットで見つけ、とにかくブログを一生懸命書きました。
当時、アメブロとFC2を使っていました。
ただ、書いていても読者がいなければ意味が無いので、私はツールを使い、友達を増やす作戦にでました。
しかし、コンサルを受けたいという層にはあまり響かす、日々、憔悴するばかりでした。